今道先生最終講義
(2010年1月16日午後2時 六本木アカデミー・オ-ディトリアムに於いて)
1月16日、今道友信先生のアスペン・フェローズでの「最終講義」を聴いた。
先生は昨年6月に医者から「このままでは余命一ヶ月」と宣告され、自説を曲げて大手術を行なった。まだ書くべきこと、語り継ぐことがたくさんあったからだが、心中いかなるものであったか推し量るべくもない。久しぶりにお会いした先生は、明らかに面代わりされていた。手術後で痩せられたとかというようなことではない。先生のお人柄のなかにある何か重要なものが変わられたという印象を受けた。
先生に初めてお会いしたのは、4年前である。初対面なのにとてもそうは思えなかった。
專越なことではあるが、詩人と哲学者の感性を持つ者の「魂の質の類似性」というべきものを私は先生に感じたのである。だから私は最初から先生には、配慮はしたが、遠慮はしなかった。そんな私に今にして思えば失礼なことではあるが先生の方が気を使ってくださり、生まれ育ちの違いを先生の周囲への気の使い方の中に感じた。その当時の先生の外貌は「大きく優しげで気品があり」なお且つこれも大変失礼な言い方だが、大きな身体と厳然たる表情の内に少年の初々しさともいえるものを宿しておられた。
そして、そんな先生との出会いが数冊の本となり結実した。中の一冊が湖山医療福祉グループ代表の湖山泰成氏の支援でレイラインから発刊された『チェロを奏く象』である。今道先生から大学ノートなどに記した約350位の詩の草稿を貸していただき、編集させていただいたのだ。
さて、この日、先生は、先生の2本の杖を持ち、男性二人に支えられて登壇した。初めは声に力がなくどうなることかと案じていた。しかし、時間が過ぎるごとに声に力が漲り、入院以来の外出にも関わらず休憩なしで、2時間以上にわたる「21世紀の課題」と題する講演をされ、15分の休憩をはさみ質疑にも応じられた。
講義内容は、1、リーダー論。2、社会構造の逆転―技術関連の変化。3、選択と決断の差異、の3点がメインであるが、先生が提唱されているエコエティカ(生圏倫理学)についても熱心に話された。
2006年デンマークに「Tomonobu Imamichi International of Philosophy-Ecoethics」という、今道先生のお名前を冠した研究所が設置されたことは日本では関係者以外ほとんど知られていないが、哲学界の世界的第一人者Prof.Peter Kempfが所長を務めている。今道先生は終身理事長というお立場である。
日本では、先生の主宰する「哲学美学比較研究国際センター」で23回の国際的な連続講座も開催したが、ここで新たな時代の哲学が日々考えられていることを先生はとても誇りにされていた。
●参考図書「エコエティカ」生圏倫理学入門(講談社学術文庫)
この日、先生は、現在アナログといわれるものの中にデジタルの構造の欠陥をおぎなうものがあるというお話をされた。この部分は、先生の面目躍如たる話であった。つまりデジタルも人間が作り出したものではあるが、人間本来に備わっている感覚器官から遠ざかり、なかんずく人間の深い叡智から人間そのものを遮断する傾向にあるということを、ご自分の直近の体験を交えながら話された。先生の話はとても分りやすく、深く聴こうとしない者にとっては卑近に過ぎると思われるかも知れない。しかし先生が尊敬するプラトンもソクラテスも、けして日常の営為から遠く離れた高尚な言葉で哲学を語ったわけではない。
むしろ私などは、翻訳されたカントやヘーゲルや、その他もろもろの近代西洋哲学の本を数多く読んだために、日常の思考とは違う「哲学的概念」に馴染みすぎている嫌いがあり、先生が孔子の「論語」や道元の書を引いて解釈してくださる漢字の深い意味に蒙を開かれる気がすることがある。いずれにしても先生と私では教養の程度が違いすぎるので、ここはあまり踏み込まない方が無難であろう。
ともあれ先生は、「人間そのもの」のまだ発見されていない能力はアナログそのものの中にあると考えている。その能力なり、叡智が発揮されないうちに、なにやら便利で効率的ではあるが、いかがわしい部分もあるデジタル構造というものにすべてを預けてしまっては危ないと警告を発せられた(要旨)。
しかも時代は先の見えない変動の時である。少なくとも時代のリーダーを目指すものは、「人間にとっての新たな規範を義において考える」くらいの気概を見せて欲しいと鋭い眼差しで語られた。そして、リーダーの持つべき徳目である「義」と「レスポンシビリティ」は相合して人類意識に開かれた徳目となることを強調された。リーダーになるということは、「権力を志向することではなく」、「我を犠牲にして人類そのものに自己に与えられた能力を捧げ尽くすこと」であると言われた(要旨)。
こう語られたときの「先生の鋭い眼差し」、これが久しぶりにお会いした先生が面代わりされたと私が感じた最たるものである。私は、先生が半年以上、この下界から隔てられている間に、先生を良くも悪くもこの下界に縛り付けていた「今道先生という人格のなかに存在した重要な何か」を振り捨ててこられたのだと思った。これは、私にとって衝撃的な体験であった。
最後に先生は、一人の質問者に次のように答えられた。
「私が、預言者になったかどうかは知りません。しかし哲学史家ではなく、哲学者になったことは確かです」(要旨)*
* 若年の今道先生が、鎌倉の西田幾多郎宅を訪れたときに、「根拠を持った預言者になりなさい、云々」と西田から言われたというエピソードを読んだ質問者が、「現在の自分がそのような存在なったと思うか」という質問への答え。
先生の講演が終り、同行者と近くの店で、感想など語りあったが、私は上の空であった。先生が語られたここに記すことのできなかった先生の様々な言葉が脳裏に渦巻いていたのだ。
2010年1月17日 arc編集長 東郷 禮子
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